クロガネ・ジェネシス
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第ニ章 アルテノス蹂 躙
第41話 窮鼠猫を噛む
「ギン……まだ戦うのか?」
「おう、そのつもりだ……」
ギンはバゼルの肩から手を下ろし、自力で立つ。
こちらはゴードを倒す側のチームだ。メンバーはギン、バゼル、ネルの3人。
ゴードとシーディス。どちらが驚異かと言えば、やはり歩くだけで被害をまき散らすシーディスだ。なので、ゴードを倒すチームは少人数でいこうということになったのだ。
「その男、どこに行ったのかわかるの?」
「動きはそれほど速くはなかったし、俺がやられてからそう時間も経っていないだろうから、まだ近くにいると思うぜ」
「……」
バゼルはしきりに鼻を動かす。
「奴の匂いは……これか? 死臭に混じって、妙な匂いを感じる……ついてこい」
バゼルが先行して走り出す。ギンとネルもその後を追った。
零児は巨大な竜《ドラゴン》の亜人シーディスを見上げる。正面から見据えるとその巨体さがよくわかる。
シーディスは破壊された翼から血液をまき散らしながら、零児を睨みつけた。
『ワザワザ、コロサレニキタカ……』
零児は無言のまま、アーネスカから借りた銃をシーディスに向けた。
「エクスプロージョン」
直後、弾丸は発射された。それはシーディスの顔面に着弾し、爆発を引き起こす。
『コロス!!』
舐められたと思ったのか、シーディスは即座に零児に狙いを定めた。
「そうだ、追いかけてこい!」
零児の背後、少なくとも通路上に人間はいない。ほとんど避難したためだろう。
ならば、存分に動き回れる。
「進速弾破《しんそくだんぱ》!」
靴の裏から魔力を放射して、加速する高速移動魔術。それを発動し、零児はシーディスに背中を向けて走り出した。
零児が走る先には無数の建物と大通りがある。
建物はシーディスにとって障害物になり得ない。少し足を降りあげれば簡単に踏みつぶせる大きさだ。
零児はどう勝機を見いだすべきかを走りながら思案する。
しかし、その答えは容易には出てこない。
「どう、戦う……?」
進速弾破による加速である程度シーディスとの距離は空いた。しかし、この状態を延々維持することはできない。進速弾破は魔力消費が極めて激しい魔術だからだ。
『グウウ……ウウウ……』
その時、シーディスのうめき声が聞こえた。
「……?」
零児はシーディスの様子を見る。
シーディスは足をガクガクと震えさせ、片手を頭に当てている。
『マ、マダダ……セメテ……アノオトコ、ダケデモ!』
一瞬何が起こったのかと思った。が、様子を見るに、どうやら立ち眩みが起こっているのではないかと推察する。
シーディスの背後はほぼ完全な血の海と化している。それはシーディス自身の血だ。
そこで思い至った。シーディスは出血多量状態に陥っていることに。
シーディスの翼は前回の戦いと、今回の攻撃でほとんどボロボロの状態になっている。そこからの出血によって体中の血液が失われつつあるのだ。
止血もしないで動き回っているためさらに悪化している。
零児は少しだけ勝機があると思った。
もっとも楽観できる状況でもないが。
とりあえず今するべきことはシーディスを引きつけつつ、自身の安全を確保すること。
零児はアーネスカから借りた銃の弾倉を確認した。
回転式拳銃《リボルバー》に装填されている弾丸は残り5発。
「とにかく、奴から離れなければ……」
倒す方法はまだ思いつかない。
しかし、大人しくやられるわけにはいかない。
零児は再びシーディスに背を向けて走り出した。
零児がシーディスと戦っているその頃。
「ギン……奴か?」
「ああ。間違いねぇ……」
ギン、ネル、バゼルの3人はギンを打ち破った亜人、ゴードと対峙していた。
「1度拾った命を捨てに来るとはな……」
ゴードはギンを見ながら静かにそういった。
「3人寄れば文殊の知恵と言うが……果たして俺に勝てるかな?」
「それを決めるのは貴様ではない」
バゼルはギンに代わって言う。
「3対1だが躊躇はしない。これは決闘ではないからな」
「好きにするがいい。何人束になったところで、俺には勝てんさ……」
ゴードはあくまで余裕の態度を崩さない。
「奴は生身とは思えないくらい硬い。正面きっての戦いは危険だ」
すでに1度対峙しているギンはネルとバゼルにそう告げる。
それを聞き、2人は静かに頷いた。
「さあ、3人まとめてかかってくるがいい」
ゴードは手の平を開いて手招きする。あまりにも不敵な態度だ。
「私が先行する!」
最初に仕掛けたのはネルだった。一気に距離を詰めて攻撃に転ずる。
ゴードは余裕の表情を崩さない。それどころか構えてすらいない。
「ストーム・フィスト!」
風をまといし拳をゴードの顔面目掛けて放つ。
それはゴードの片手に受け止められた。
「う!?」
手応えは確かにあった。しかし、その感触は手の平で受け止められたというのとは異なる感触だった。
例えるなら、あまりにも強固な壁を殴ったのにも関わらず、打ち砕くことができなかったような感じ。
「フン!」
ゴードは受け止めた拳をそのまま掴み、後方を投げ飛ばした。
その直後。
ギンが蹴りを、バゼルが拳をそれぞれゴードの背後から放つ。
「何!?」
「鉄壁かよ……」
ゴードは微動だにしない。無感情に2人に視線を送る。
2人は即座にゴードと距離を取った。
「3人がかりでこれか……。興醒めだ……もう少し楽しめるかと……思ったんだがな……」
3人は戦慄した。まだ一撃ずつ攻撃しただけだが、あまりにも攻撃が通用しない。
「フッ……」
バゼルがゆっくりと歩み出る。
「興醒めか……そう思わせたのは悪かった……」
「……?」
「俺も……本気を出さねばなるまい!」
バゼルは懐から丸い実のようなものを取り出す。
「お前……それ使う気かよ……」
ギンが呆然と言う。
「なりふり構ってなどいられまい……」
バゼルはその丸い何かを口に入れて咀嚼する。
ガリガリと噛み砕く音が響いた次の瞬間、バゼルの目が見開かれた。
「ウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオウ!!」
目が血走り、咆哮が上がる。筋肉が膨れ上がる。
「コイツは……」
その時、初めてゴードの瞳に緊張が走った。
同時に口元がつり上がる。
「ビリビリ来るぞ……! 感じたことのない気迫と殺気だ……! さあ、来い!」
「ヴォウ!」
瞳が理性を無くしたバゼルは完全な獣となってゴードへと向かう。
それはまさに――
突撃だった。
突進だった。
一瞬だった。
ゴードの重い体が浮かび上がり、大きく後方へ吹き飛ぶ。
「ウオオオオ!?」
予想外のパワーに圧倒され、思わず声が漏れる。
「す、すごい……一体どうなって……」
バゼルの豹変ぶりにネルはたまらずにそう漏らした。
「あの丸薬は……」
ギンがネルのそばに立つ。
「奴の、獣としての本能を極限にまで引き上げ、筋力を増強させるものだ。理性もぶっ飛ぶから、自らが傷つくことへの恐れすら消える。だからどんな攻撃も躊躇無くできるし、どんな攻撃を受けても立ち上がることができる。
なんにせよあの状態になったバゼルには近づかない方がいい。こっちまで巻き添えを食う可能性があるからな」
さらにギンは、あの状態でいられるのは肉体の状態にもよるが、長くても2、3分程度であると付け加えた。
「いいか、あの状態が解除されたら、今度は俺達2人でもう1度奴にアタックする」
「OK」
バゼルの攻撃は単調ながら、ゴードの予想の範疇を越えた攻撃だった。
単調に殴るだけの攻撃。
しかし、自らが傷つくことを恐れないバゼルの一撃はネルやギンの攻撃を軽く凌駕《りょうが》していた。
ゴードの肉体は硬く重い。
故《ゆえ》にガードが間に合わず、肉体へのダイレクトな攻撃を許してしまっていた。
さらに言えば下手にガードしようとしたら指がへし折られかねない。バゼルの攻撃はそれくらい重かった。
またバゼルの手はギンやネルより大きい。そのため、必然的に2人よりもパワーが上がっているのだ。
「グッ……クックッ……」
しかし、ゴードは笑っている。
ダメージがほとんどないのか、別の理由かはわからない。
「俺が……押されているだと……? クックックッ……ハ、ハハハハハハ!!」
ゴードはバゼルの手首を掴み上げて、体を捻《ひね》り投げ飛ばした。
バゼルは軽く地面を転がった。
「人間の犬風情が……!」
転がされ、しかしすぐさま立ち上がり向かってくるバゼルを、ゴードは拳で叩きのめそうと構えた。
直後、バゼルはゴードの予想の上を行く行動を取った。
ゴードの横をすり抜け、すれ違いざまにその腕に噛みつき、ゴードの腕を強引に引っ張ったのだ。
「なに!?」
皮膚の固さ故か、噛まれた痛みはないものの、引っ張られた肩の関節が一瞬はずれそうになる。
そして、そのまま今度はゴードが地面に倒れた。
バゼルはそのままゴードの顔面目掛けて拳を放つ。
ゴードはそれを手の平で受け止めた。
「おのれ……調子に、乗るな!!」
そして、倒れた状態から足を降り上げ、バゼルの腹部を蹴り上げる。
バゼルは地面に着地し、すぐさま攻撃に転じようとした。
その瞬間だった。
「フシュウゥゥゥゥゥゥゥゥ……」
「!?」
突如、バゼルの動きが止まった。
「ウ、ウウウ……!」
「なんだというのだ?」
その直後。
「ストーム・フィスト!」
ゴードの真横から、ネルの拳が叩き込まれた。
諸《もろ》に耳のあたりを殴られ、脳が揺さぶられる。
完全に隙だらけだったゴードはそれを交わすことはできなかった。
「おい! バゼル……大丈夫か?」
ギンはバゼルに肩を貸し、立ち上がらせる。
「う、うう……奴は……?」
バゼルは目を凝らして自分が先ほどまで猛攻を加えていた相手を見る。
「クッ……まだ健在か……」
軽く舌打ちをする。
「それでも、幾分ダメージはあったみたいですよ?」
ネルに殴られたゴードは3人を睨みつけた。
「てめぇらやってくれたな……。耳の調子が少しおかしいぜ……」
その直後、ゴードは沈黙した。
目を見開き、食い入るように何かを見つめる。
「おおそんな……バカな……こんなことが……」
信じられないといった風に言うゴード。
3人もその理由を知るべく、ゴードが見つめているものに視線を走らせた。
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